二人三脚のローカルページ V-2
 今月の話題
 
 20014年 12月

 
 
 東京湾奥 市川塩浜の岸辺に落ちハゼ狙いのボートが出る季節となりました。
夏、東京湾に注ぐ川縁で伸べ竿で釣れあがる小さなハゼもこの時期ともなればそこそこな図体に成長し、正月雑煮の材料
狙いで多くの江戸っ子太公望たちが当地を訪れ、湾奥
岸辺の早冬の風物詩となっています。

先月末、その湾奥に注ぐ”宮内庁鴨場”の澪沿いを歩いてみました。
船溜まりに漁夫が一人、船と船の間に大きなふるいを差し渡し貝を選別していました。アオヤギでしょうか?今朝採って
きたのでしょう、桟橋に大きなジョレンが干してありました。高層ビルに囲まれた東京湾の奥に今尚息づく古き下町風情、
なかなかに好きものでありました。
さぁ~て、12月。
「みなさぁ~ん お元気ですか・・」 先月号でも述べましたが”月日”の早いこと早いこと、浦島太郎の玉手箱の煙を被った
が如しであります。
先月は孫の”七五三”をお祝いしました、さてさて二十歳のお祝いに元気で立ち会えるか?はたまたひ孫の顔を見れるか?
いやはや歳はとりたくないものです(笑)。

 
 

只今、二つの”二人三脚のローカルページ”がネット上にあります。
 
 10月号の話題として取り上げましたホームページのサーバー移籍先を決め、改定ページを11月上旬にUPしました。

移籍先サーバーは、サクラインターネットのレンタルサーバーで、只今はOCNの現行ページとサクラの改定ページの二つ
のページがネット上に存在しています。今後の移籍スケジュールは12月中にOCNサーバー容量を縮小し、表紙ページに
移籍告知を載せ来年2月のOCNサーバー停止まで告知継続して移籍周知を図りたいと考えています。
移籍先のURLは、 http://ikiru117.sakura.ne.jp としました。
心機一転仕様の一部も改定し、Vol -2として再出発と意気込んでいます。これからも以前と変わらず宜しくお付き合いを
お願いいたします。
一応今回の改定にあたり次の3点に留意しました。
  1)小型ディスプレーでもリンク操作がし易くする。
   最低限"pad"saizu 9.7インチでも操作しやすいよう ”ボタン” リンクを採用しました。
  2)ページ構成を単純化する。
  3)ページ容量の縮小をはかる。
とは言え、SNS全盛期の今、発信ツールとしては”ホームページ”は時代遅れの観は拭えません。然しながら2003年に
開設して11年間のページ記録は今日では、私達の人生の歴史でもあり思い深いものになっています。
月一回の更新、古めかしい内容、等々即応性や相互性もない陳腐なツールではありますが、私達の生活テンポに合った
ツールとして、これからもこのページを大切にしていきたいと考えています。

   
 右写真が、新しい扉ページ画面です。

 さて、取捨選択しVol-2のページを構成し、新しいサーバーにファイルをアップロード。
何ともはや、ロード時間のなんと早いことか。11年前にオッカナビックリとオドオドしながらコンピューターの画面を見続けていた
のが嘘のようなおもいです。
PCの性能・電話回線と光ケーブルの違いとは重々承知をしていても、それでも速かった!

 そうそう、10月号で「ホームページ存続させるぞ~」との衝動的決断に至った立役者の代々木上原高架下の住人”森の人”
の現況ですが、通過時の8割方寝袋に潜って居られ顔を合わせる機会がめっきり少なくなりました。一度心配になり復路の
経路を変更して高架下に行ってみたら以前の姿で座しておられ安心しました、がしかし心なしかやっれて見えました、やはり
寒さが堪えるのでしょう。
気がかりではありますが ”森の人” は、自由人。
差し出がましい事はするなともう一人の自分が云い、それでもなぁと、又思い、さてさて・・・


 お も て な し
 
 先月20日のこと、仕事帰りで最寄の駅に向かう途中で道を尋ねられました。


尋ねられたと言うより問いかけられたと言う方が的を得ていたかも知れません。
「 ハ ネ ダ ド コ 」 と、聞こえた様に感じました。自転車の後ろにリアカーらしきものがあり荷物が結わえられていて、
冷たい雨にぬれそぼった異相に、少々警戒心を持ったことは否めませんでした。
暫くして・・・
「 ハ ネ ダ ド コ 」 と、再度聞こえ、それで漸く事態が飲み込め
ることが出来ました。
胡散臭く感じた人物は、外人さんでよく視ると頭にはバイク用ヘルメットを着用し手にはスマートホンを持っているのが観察
出来ました。
「 ハ ネ ダ ド コ 」 と、スマートホーンの現在地表示した地図画面を差し出し再度問いかけてきます。
出合った場所は”江東区臨海”、直ぐ傍に東京湾があり対岸は”羽田”、距離的には近くではありますが困ったことに橋は
あるものの、自動車専用で自転車は通れません。ここから羽田方面に行くには後戻りし、永代通りを通り東京駅まででて、
1号線か15号線を南下し、環七・産業道路などを経て羽田付近に至らねばならず、可なりの遠回りを強いられます。
さて、それをどの様に伝えるか。
近くの都営バス営業所に助けを求めるも英語堪能者が居られず断念、都バスの路線図をもらい英単語と身振りで説明を試
みるも路線図には対岸の”羽田”地域は掲載されておらずまたまた頓挫.。それに迂回路を教えたところで自転車で冷たい雨の
中を4~5時間以上はかかるであろう行程にほっぽり出すのも・・との思いと、風邪気味の我が身に降りかかった不運(?)の
嘆きが頭のなかを交差しっつ、出た結論が「おいで」で、ありました。
「 オ イ デ 」 と、手招きし職場の市場に引き返し、荷捌き場の一角で「 コ レ セ パ レ ー ト オ ケ 」 と、自転車と
リアカーの分離を指示し配送車で送って行くことにしました。

取り敢えずは、ゲートブリッジから大森方面に出て羽田に向かうこととし葛西市場を出発。
ところが、羽田のどこに行くのか解らないのでゲートブリッジ手前で車を止め「 ハ ネ ダ ド コ 」と聞いたところ身を硬くし
「 ナ ン ボ デ ス カ 」との答えが、辺鄙な場所で停車したことにより”護摩の灰”白タクと勘違いされたようでありました。
「 マ ネ - ノ - 」 「 マ ネ - ノ - 」と繰り返し羽田のどこに行くのか問いかけて、件の人が日本語少し英語少し
しか話せないスイス人の旅行者であることが判明。 話が通じないことが理解できてからは、気楽に話しかけられるようになり
(会話は成立してはいませんでしたが) マウンテンバイクが好きであること、今日は印西からサイクリングしてきたこと、友人
が日本女性と結婚して茨城に住んでいることなど、たどたどしい日本語単語から推測しつつ聞きながら無事羽田近くのホテル
まで送ることができました(やれやれ笑い)。

さて、このエピソードをタイプしながら妄想親父は考えました。

そうだ!枡添さん!!
2020年のオリンピック・パラリンピックに向けWiーFi拠点の増設を計画されていますがどうでしょう、都営言語翻訳アプリの
無償提供も同時に行なわれたら如何でしょうか?
今日、文書・会話などの翻訳ソフトが多数有償・無償で存在していますが、東京都独自の多言語・サービス拡張型アプリを
開発し、羽田・成田・横浜・晴海などの施設で配布されたらと思いつきました。
クラウド式ではなくダウンロード式とし、Wi-Fi環境でなくとも使え、帰国時はお土産として持って帰ってもらい、お国で使って
戴く、このアプリ全世界に拡散すれば世界平和の一助ともなるかも知れません。
翻訳特許やセキュリティー対策など、色々な問題があるでしょうが、そこは技術大国日本のこと素晴らしいシステムが出きる
ものと確信しています。
海外から来た旅行者が行きたい処に行け、交流したい場所で誰彼となく話ができる。下町の駄菓子屋のお婆さんや子供達
とも会話ができ、場末の食堂にも入っていける。通訳ボランティアの活用や、Wi-Fi設置場所での固定言語翻訳機の設置より
異文化交流の場が広がり、旅行者は勿論 我が国の民度向上も期待できるのでは。

そうそう、安部さん!!
この言語翻訳システムの製作・配布財源、ポンと国庫から出してあげたら如何ですか!
国連常任理事国狙いで訳のわからない援助金をばら撒くよりよっぽど効果的だと思うのですが。

そうそう、アプリ製作担当者さん!!
当然 起動初期画面は、滝川クリステルさんの 「 オ・モ・テ・ナ・シ 」 でしょうか?(笑)

いやはや・・・ 妄想親父の戯言、お許しあれ。


 
 
 ベランダ情報
 
 晩秋のベランダでは、アメリカンブルー・モナラベンダー・インパチェンスなど夏から咲き続けてきた花達が最後の力を振り
絞るが様相で咲いています。
最低気温が10度近い日が訪れてきました、カレンベリーの苗は充実しブルーベリーの樹は紅葉しかけてきました。まもなく
冬、暫くの間はシクラメンやパンジー・ビオラ・プリムラが主役となります。
そうそう、ワイルドベリーは只今2個収穫するまでに至っています。詳細は、”栽培記録”のコーナーでご覧ください。

 
 
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