二人三脚のローカルページ2015年8月 
 今月の話題
 
 8月号
 
 
 先月梅雨の晴れ間の早朝、久し振りに思考の小道を歩きました。
学校の先生と警察官が若造に感じたら年寄りの証拠という格言が在ったどうか?政治家が頼りなく感じたら
もう立派な老境の域に達しているのでしょう、道理で疲れやすくなるのも無理はありません。
蝉時雨に背中を押され仕事疲れを引きずりひきずり、何時ものベンチに重き体をあずけ今月号の話題を纏め
ています。
この”二人三脚のローカルページ”を立ち上げるときに決めていたことがあります、その一つに政治には立ち
入らないということでした。しかしながら”安全保障関連法案”が参院で審議されている今日、”広場”の話題
として採り上げない訳にはいきません、頭のなかには既に草稿があり、ベンチに座り草の匂いに浸り草稿の
一句いっくを吟味しています。
さて、どの様な文章が出来る事でしょうか・・・

皆さん~お元気ですか?
記録的な猛暑が続いています、ご自愛ください。


 新国立競技場 考

 
 
 さて、新国立競技場一連の騒動何という体たらくなことでしょう。

財政健全化の錦の御旗のもと福祉を押さえ国立大学の教科見直しを画策しながら、一方では巨費も厭わぬ
競技場の建設計画を進める無神経さもさることながら、その後の顛末のなんと情けないことか。
それにしてもデザイナーの安藤氏の会見の様子(ニュース番組で一部分しか見ていません)には失望しました。
氏は確か独学で建築学を学んだ気骨ある人物と想っていましたが・・・いやはや無責任!
無責任と言えば為政者・役人の面々も実に無責任極まりない。予算が際限なくオーバーしていく事態になれば
どの様に行動すべきか明白であります、自身の家を建てる場合を想像するまでもありませんよね、「身銭では
ないから」、「お上に逆らい波風をたてたくない」・・・であれば 何んと情けない人達であることか。
官製工事の多くがこの様なずさんさで行われているのではと勘繰りたくなります。とは言え、私は官製工事の
予算が安ければ安いほうが良いとも思っていません。たとえ無駄な工事と叫ばれても、工費が高すぎると批判
されても何十年後の我が国にとって必要不可欠と判断すれば断固行う、その時点の社会・経済に金が必要で
あれば乱費の誹りを甘んじて受けてもジャブジャブ国費を使う、国家百年の計を練りにねつて計画し、心血を
そそいで広く国民に必要性を訴え、断行する。万が一その判断が間違っていたら腹を切る、その様な覚悟が
必要な職業が”政治家・官僚”と私は考えています。しかしながら今の我が国にはその様な腹の据わったリー
ダーが何人居られることでしょうか?それは、その様な政治家・官僚を育てあげなかった私達国民の政治への
関心の無さの結果であり、二世・三世議員が政界を跋扈する格差社会風土の一つの弊害の表れなのでしょう。
さてさて、新国立競技場の新しいデザインはどの様になるのでしょうか?楽しみであります。
あのハディド氏のデザインを評して森元首相が「生牡蠣のようで・・・」と発言されるTV画面を観て、その様に
感じておられたら何故”神宮外苑”という立地に相応しくないと一頭最初に異を唱えられなったのか私は残念
でなりません。新しいデザインは、全世界に広く開かれたコンペで公正な審査で選ばれねばなりません、でも
しかし、立地を考えると、私は日本人の感性で生み出されるべきではないかと考えます。
中河内の田舎者でビートルズにも関心無く、ラジオの深夜放送とも無縁な、ただただ毎日軟球と格闘していた
田舎の野球少年にとって、あの東京の青い空と、トランペットのファンフアレー、行進曲の響き、日本選手団の
行進、アナウンサーの高揚した声、は鮮烈なものでありました。おそらく私の人生経験のなかでも一番衝撃が
大きかった事例の筆頭に挙げられると思います。
旧国立競技場には以前、改修計画や 立替計画があったと聞いています。
場所は、神宮外苑、先人達がその立地に相応しくと知恵を絞った ”あの旧競技場” の後継場に相応しい
モニュメントの誕生を望んでいます。

先月梅雨の切れ間に競技場の周辺を走ってみました。私の目線上には観客席のコンクリート片も無く、何も
なく ただただ その向こうの風景がありました。  ♪ タタ・タンタ~タンタ ♪ と今尚耳に聞こえる行進曲と
NHKのアナウンサーの文言が繰り返されたあの風景はもうありませんでした。暫し配送車を止め追想し行き
かう工事車両を見定め青山通りに向かい発車、途中東京オリンピック時に建てられた”霞ヶ丘アパート ”を
見て壁の汚れにその歳月の長さを実感しました。”霞が丘アパート”の立ち退き問題については係争のある
事は聞いていますが内実はよく承知していませんので論評できませんが、それでも通り過ぎる一瞬の印象
では取り壊しもやむなしと感じました。 とは言え今だ移住を拒まれている高齢者も居られる由、立地最高で
住み慣れた環境を離れたくない、その想いは重々解るのですが・・・  

第二回東京オリンピックまで後5年、招致コンセプトは「 オ ・ モ ・ テ ・ ナ ・ シ 」でしたよね。
季節は真夏 7月24日、青山・渋谷・原宿・神宮・・・神宮外苑近くの通りにはミストが作動し、要所要所には
電光掲示機能付き多言語翻訳システムがあり、多くのボランティアが行き交う。
真夏の空に響くフアンファレー、行進曲たなびく神宮の森には燦然と輝く競技場の姿が・・・
さてさて、どの様な姿をみせてくれることでしょうか? 冥土への土産、楽しみであります。

そうそう都知事さん、費用の一部出してあげれば如何ですか!
都民の皆さんには将来に向かう都市計画の一部・防災拠点設置と費用対効果を誠意訴えられては・・・
”枡添”の名前が少なくとも私の心のなかで「素晴らしい知事 枡添」と死ぬまで伝わることは間違いなし!


ガンバレ! オール日本!!


 安保法制 考

   
 
 昨春、大阪の母が上京し二人で はとバスに乗りました。
最後の上京になるであろう母の少なきリクエストの一つに靖国神社の参拝がありました。参拝を終えた
母の顔には安らぎが・・・

7月16日安保法案衆院通過、日本を取り巻く安保環境が厳しさを増す現状に対応すべく自衛隊法などの
現行法案改正が行われようとしています。さて、それで良い(好い)のでしょうか??

私は大阪の中河内で生まれ30数年その風土のなかで育ちました。
小学4年生からは5年6年生の先輩に先導され千早赤坂村にある楠正成公の千早城址に毎冬雪中登山を
した経験を持ち、今尚久宝寺小学校の校章である菊水の紋章に人一倍敬意を払っている歳老いた田舎者
であります。しかしながらもし他国者が我が故郷河内を掠めとろうと進行してきたら新幹線に乗り、それが
駄目であれば他家の車を無断借用しても駆けつけそれを阻止し、もし房総のどこかに侵略者が上陸すれ
ば花鋏を腰に差し釣竿を抱えて花見川の一線を死守し我が家族を守る覚悟を持っています。
そんな老骨でも今回の”安保法制”改案は理解出来ません。
安保法案衆院通過の数日過ぎ私は一冊の本を読みました。”最後の海空戦”と言うその本のプロローグ
「昭和十八年九月十五日に海軍兵学校を卒業した青年たち、かれらを海軍兵学校七十二期生という。
かれらは、昭和十五年十二月一日に入校し、昭和十八年九月十五年に卒業した六百二十五人をさし、
うち三百三十六名、五十四パーセントが戦死した。・・・
」とあり、本文には海兵72期生(若き最前線の指揮
官たち)の生き残り証言が掲載されていました。海軍兵学校に入学すると言うことは秀才であった証でも
あります。自身に課せられた任務の無謀さと効果の無さを知りつつ率先して任務を全うし、自身の可能性
を封印し死地におもむく、若き益荒男達の胸の奥のおくの無念さはいかばかりであったことでしょう。
暫し 黙祷

日本国憲法、そして第9条はどの様に作成され施行されたのか?
ネットや本などで詳しく説明されています、でもね!其処には書かれてはいませんが私は”戦争の放棄”
思想の遠因には憲法策定を指導した戦勝国指導者の「日本人恐るべき」という思いがあったのではと私
は考えています。
それは先の大戦で多くの将兵が祖国を守る一心で戦い、身を挺し故郷や家族や恋人を守ろうとした若者
達の行為の賜物ではなかったかと思い至るからです。「日本人は恐るべき、故に戦力を持たせるな・・・」
それが ”戦争の放棄 ”の第9条につながったのでは・・・
で、あるならば、”回天”や”ゼロ戦”などで特攻出撃した名ある若者達や名も無き軍艦の船底で力尽きた
若者や、多くの戦場のどこかで人知れず力尽きた人達の命が、”第9条”に昇華したのではないかと私は
想い、そう考えています。
戦後70年、今だ国際情勢は混沌としています。
中東諸国の混迷・米国の国勢低下・中国の台頭、テロの脅威etc、日本の安全保障環境も大きく変化し、
いつまでも米国の傘の下で不戦の念仏を唱えているわけにもいきません、また異国の地で同胞が危機
に遭っているののを指を咥えて見守る事も私は承知できません。ではどの様にすべきか、為政者曰く 
「日米同盟強化で抑止力を高める」と、その為に「平和安全法制の整備が必要である」と。一見すると
よしと思えるのですがさてそれでよいのでしょうか?
私は湾岸戦争での米国の行動は正義ではなかったと判断しています。混迷を続ける国際情勢下に
おけるアメリカの正義感はもはや公正を失い偏りが増え続けています、その様な状況下で日米同盟
強化・集団的自衛権等々は如何なものでありましょうか?ではどの様にすべきか、酔いどれ親爺は
考えました、この混沌とした世界の秩序維持のためには地球規模の平和維持権力は必要不可欠で
あり、過日のように資金を出して人を出さないといった行為は通用しないことは自明であります、正当
公平な集団的平和維持の為には我が国も参加する義務はあると考えます。大国の利害に組せず
真っ当を行く、故に「日本国は、地球の平和と環境を守るために役立ちたい、その第一弾として国連
平和維持軍に参加貢献していきます」と声明を出し、その為の条件として国連の改革を提言します。
 
 提言骨子
  1)国連平和理念の再確認
  2)常任理事国の改選
  3)拒否権の廃止
  4)敵国条項の撤廃
  5)決議方法の改定

国連精神と権力強化で恒久的平和維持(平等精神に則った)に貢献する、同じ”集団的自衛権”発動
でも随分と内容が異なると想うのですが。とは言え、故郷の行く末を思い家族・恋人の幸せの為に命を
投げ出した多くの人達には何れにしたところで了解を得られるとは考えていません、多くの先輩諸兄の
血潮と悲しみと苦悩と勇気の結晶である今日のこの豊かな日本に、またぞろ若き益荒男に武器を持た
せるのかと叱責を受ける事でしょうが、それでも地球全域の平和維持のための貢献であれば少しは・・・

と、此処までタイプしてきましたが私自身この文章の内容など夢物語であり、日米の関係や社会を
知らないど素人の戯言であると自覚をしています。
でもね、この様な戯言を考える人が一人・二人・三人と増えてきたら。言葉にし発信する人が少しづつ
でも増えてきたら・・・

そうしたら、為政者も安穏として居られず、この国は益々良くなるのではと思うのですが。

たちあがれ!  日本の民草よ!!


 
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