二人三脚のローカルページ 
今月の話題 

 2015年2月号
 
 
 大腸癌で入院した友人を見舞に行きました。

場所は、10年前に入院した同じ病院 同じ部屋。
エレベーターに乗り5階にあがると懐かしい匂いと懐かしい景色が在りました。
眠れぬ夜明けを薄オレンジ色に染め上げながら告げてくれたカーテン、重たいワープロをぶら下げ歩いた廊下、消毒液
のにおい・・・、何もかも、あの時のまま、タイムスリップしたような奇妙な感覚を一瞬覚えました。
”喉元過ぎれば”ではありませんが暴飲の日々をおくる今、消毒液の匂いを嗅ぎ暫し反省をした次第です。

 さて2月、皆さ~ん お元気ですか?
先月は嫌な事件、出来事が多発しましたね、そして1日の今日早朝、知りたくもない聞きたくもない凶報が遠き国から
伝えられて来ました。
いやだ いやだ この嫌な世界を、どれほど 豆をまいたら浄化できるのでしょうか!

 
「 平和  うち ・・・ 」



 
「2015年1月13日に、感じ・考えた、こと。」

 
 読売新聞 紙面より借用
 
 1月13日読売新聞朝刊3面に、「立ち上がるフランス」という小見出しに続き次の記事が掲載されていました。

「午後3時、首脳たちの黙祷の後、割れるような拍手が起き、パリの”共和国広場”から行進が始まった。見渡す限り人の
波だ。 参加者の大半が身に着けていたのは黒地に「私はシャルリー」と書いた手製のプラカード。・・・行進は南東3キロ
の”ナシオン広場”へと向かった。


今月の話題は、この「パリ大行進」のニュースに接して感じた、私の”驚き”と”違和感”を披露させていただきます。

まず、驚きから
 1)オランド大統領の呼びかけにパリ市内だけで160万もの人が行進に参加した。
 2)その行進に欧州主要国の首脳ら40人を超える参加があった。
9日のオランド大統領の呼びかけに、短期間にもかかわらず、先の如く多くの参加者が応じたことは驚愕に値するもので
した。
もし我が国であったなら? 数例の動機事件を仮想し、阿部首相が「東京大行進」を呼びかけたらと自問。 さて・・・

次に、違和感を感じたことは
行進参加者の大半が「私はシャルリー」の手製のプラカードを持っていたという記事内容と掲載写真でありました。
確かに上の写真をみるかぎり” JE SUIS CHARLIE"と書いたカードが多く散見できますよね。
さて、それでいいのでしょうか?風刺画を否定するつもりはありませんが、しかしながら風刺対象・程度もおのずから制約
があって然るべきと私は考えます。”人格” ”心のよりどころ ” ”父・母・兄弟” などなどを貶める表現には自由を標榜
する資格はないと、私は、考えます。
イスラム教徒にとって ”ムハンマド ” は ”父” であり ”心のよりどころ” では?、ムハンマドを貶められることは、
イスラム教徒にとって ”人格” を否定されることに繋がるのではないか?と、私は危惧します。
実状を知らない遠き国から、その様に、私は忖度しています。

下、左の写真は、シャルリー・エブト社の前で哀悼の意をあらわしている人達の姿です。
私はこの行為は否定しません、近親者や知人・友人や読者・同好の士による哀悼の意「JE SUIS CHARLIE」は、肯定
すらできます。
たとえ私が風刺の表現が間違っていると判断しても、それが同好の士や主義・主張を同じくする人達の間で扱われてい
る限りにおいては排除すべきではない、と 思うからです。

されど、1月11日の大行進に多くの人がプラカードを持って参加したことや、主要国の首脳達がそれを容認するが如く
参加したことは軽率であったと感じました。
2015年現代、160万人もの人が、それは又、フランス国民は統べからず ”ムハンマド” を軽視しているとのメッセージ
を、又、ヨーロッパ全ても ”ムハンマド” を軽視しているとのメッセージを、全世界のイスラム教徒に与えたのではないか
と危惧します。
酔いどれの私でも危惧する行為を、パリ市民の多くやヨーロッパ各首脳達が気付かぬはずがありませんよね!
それでも行為すると云うことは ”イスラーム” を見下す意識がやはり存在しているということでしょうか?

私の「晩秋の巴里」のイメージと云うか思い出に次のようなものがあります。
1999年11月に社用でフランスに滞在した2日目の、パリでのこと。
エッフエル塔近くのホテルを早朝抜け出し散歩しました、外は真っ暗闇、通勤と思われる人の姿は無く、辻つじから漂よい
聞こえてくる、クロワッサンの焼ける匂いと、ゴミ収集車のエンジン音が かすかにパリの生活感を感じさせ、今でも晩秋の
パリを連想するとシャンゼリゼ通りの夜景より、早朝のグルネル通り界隈の、パン屋の明かりと収集人のシルエットの方が
シヤンソンの調べに乗り強く想い出されます。

さて、そのゴミ収集に携わる人に移民2~3世が多くおられると聞きます、又その多くがイスラームであるという。
2015年1月11日夕刻、”共和国広場” から ”ナシオン広場” に向かう通りに散らかるゴミを収集する人の姿が酔いどれ
親爺には見えます。 「JESUIS CHARLIE」 のカードを拾う、姿が・・・
さて、さて、その人の脳裏に去来するものは・・・

それは又、遠い国の出来事にとどまらず、わが日本においても姿を変え存在すると、いう事を・・・


   



 われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか

 

 
    「 世界各地で、紛争とテロで亡くなった全ての人に、哀悼の念を表させていただきます。 」
 

 「人間て奴は・・・」

連日の「イスラム国」関連のニュースや、国内の事件のニュースに接しては頭の内で、先の言葉が
破裂し続けています。
真っこと人間て奴は!!

人の歴史は、戦争の歴史」と言う格言があります。覇権を得る為の手段として科学・技術を発達させてきたとも又、言われ
ています。

生物界においても生存をかけた戦いが日々繰り返されていることは周知の事ですよね。
弱肉強食の世界を想い描くまでもなく、公園の茂みのなかでは昆虫達の争いが、植え込みのなかでは草達の領土争いが
繰り広げられ、獣も昆虫も草達も、争いに勝つため色々な戦略・戦術を駆使していることも知られています。
まして生物界の頂点に立つ人間は・・・
凡そ20万年前に旧人から進化した新人(ホモサピエンス)が出アフリカし、幾多の旧人達や猛獣などと戦い、自然環境を
克服しながら世界各地に拡散し現在に至った事を考えると、我々人間にはかなり強力な”闘争心”・”競争心”・”向上心”
などがDNAのなかに埋め込まれているのは疑いの余地はありません。
有史以来人は、その様な ”さが” を恐れ克服せんと、哲学や芸術・教養でカバーしようと努めてきましたが今だ道半ば、
第二次世界大戦終了からまだ70年、格差が進み、ヘイト・クライムが多発する現代、今この瞬間も中東では戦いが続い
ています。

人類は文明を発達させ原子爆弾を手に入れ、サイバーテロ・ウイルステロを生みだし、近い将来クローン兵士を作り出す
技術をも開発できるところまで科学を進化させてしまいました。
人類生存の武器であった”闘争心””競争心””向上心”が此処に来て一転人類破滅の引鉄に成りはしないかと、テレビの
前で杞憂を感じるこの頃です。

さてさて、「人間て奴は・・・」

 われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか
 
 天空の彼方から、孤高の画家の言葉が、降ってきます。


   
  
 
 
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