二人三脚のローカルページV-2
 今月の話題
 2015年7月号
 
 
 先月の千葉は、梅雨の晴れ間と言うには相応しくない かんかん照りがあれば土砂降りもおこる
と言った、稀にみる特異な梅雨日が続きました。皆さんのところは如何でしたか?
今年の梅雨明けは少々遅くなると予想されています、じめじめ しとしと、脳みそにカビを生やさぬ
よう・・・ご自愛ください



「240万人の新しき有権者諸君へ」

 
 
 1967年から2009年まで勤めていた写真製版(後年総合印刷業)会社の株主総会召集通知が
届きました。
損益を見ますと、想像していたよりも利益がでていて純資産も僅かでありますが増えていました。
印刷産業は斜陽産業と言われるようになり久しく、売上高減収のなかでの利益確保は現経営陣や
従業員の頑張りの賜物と嬉しく感じると共に、無理していなければよいのだがとの、一抹の懸念が
頭を過りました。

暫し回想
私がその会社に入社した1967年前後はその会社にとって社運をかけた技術革新の只中でありま
した。
職人技が跋扈する前近代的”写真湿版法”
から、光学技術を駆使した”写真製版法”への過渡期で
あり写真工として入社した私にとっても、年毎に新しく更新される技術の習得と習熟に日々追われ
る充実した(その当時は、辛く過酷に感じてはいましたが)、期間でありました。
その会社は、中小企業でありながら海外に人を派遣し、技術部なる間接部門を作り技術者を育て
あげる、あるいは実務と関わりない各種サークル・研究会などの活動をサポートし社員の自己研
修の場も提供してくれていました。
私はニューメディア研究会に参加させていただき、毎日新聞の幹部職を定年退職された方を顧問
に迎え、将来のメディアはどうあるべきかをテーマに討論し、当時大阪の若者文化発信地で在った
アメリカ村に取材・調査を繰り返し、そこから得た情報を基に討論を重ねるといった充実した時間を
持たせてもらいました。その当時の体験と製作現場での経験が、後年営業職として活躍できた大き
な要素であったと、今も確信しています。
また、今の私が、私として自我を確立できているのも、その当時の知見の賜物と思えてなりません。
高度成長期と云うありがたい背景があったとはいえ、企業が人を育てる、育てて戴いた自身の過去
を振り返り、創業者や当時の経営陣の見識の高さと、私達団塊世代が遭遇した ”幸運な時代”
に、ただただ感謝・感謝であります。

 さて、2015年の現在はどうでしょうか?
私の現職である花パック製造販売会社は、年齢に関係なく同一賃金で、ベースアップはありません。
在職5年経過し、技量も存在価値も数段向上したと自負できる身としては、如何にロートルと言えども
納得できることではありません。ましてや将来ある若者にとっては・・・
出勤時の始発電車で対面に座る何時もの若者も、降車駅から職場に向かう通勤路で出会う何時も
の夜勤明けの若者達にも生気を感じることはありません。

”派遣法改正”案が国会に上程され、衆院を通過しました。
成長と利益の追求が企業経営人の至上目標となり、各々の企業が人を育てあげるその様な風潮は
過去の遺産と成り、即戦力となる優秀な人材のみ採用しその才能を使い切る、さらに時代の変化・
技術革新についていけない才能は切捨て新たなる才能を求める。ただただ効率至上主義が跋扈す
る今の時代において、勤労者側・企業側双方にメリットあると喧伝される”派遣法改正”が、お題目
どうり機能するのでしょうか?
宝玉の原石は最初から美しいものではありません、磨いて磨いて、珠玉となると聞く・・・
企業が人を育てる環境が少なくなって来た現代、それではどの様に ”人” を育てあげればいいの
でしょうか。家庭環境・高等教育が思いつきますよね!

  6月17日の読売新聞朝刊39面に「小1家庭”貧困”調査へ」という記事が掲載されていました。
周知の”貧困連鎖”の問題ですよね、自宅の蔵書数・・・とか、保護者の年収とその子供の学習能力
は・・・と喧伝されている、”あれ” です。
確かに自宅近くの有名私学(中・高一貫校)の入学試験当日の路駐している車は、まぁ~判で押した
ように水準以上ではあります、が然し、幼児期から然るべき熟に通わせ、或いは家庭教師による学習
環境に適応している子供もおれば少数ではありますが不適応を示す子供もいるわけで、かたや忙し
く長時間働く親と会話する機会も少ない子供や、まして絵本を読んでもらったことが無い子供もいる
わけでありますよね! さて、さて・・・
以前、幼児教育の重要性を掲載させていただきましたが無限の可能性を秘めた子供達には均等な
幼児教育が必要で、全ての幼児に国を挙げ的確な教育の場を与え、然るべき次期にその子らに
等しく適正な競争の場を与える、その為には国の政策はどうあるべきか!それこそが ”富国” に
つながると思うのですが。
 
 次に高等教育について考えてみましょう。
人に倍する眼があり、人の数だけ思想があります。
多種多様な思想を理解・容認・否定・etcし、あでもないこうでもないと試行錯誤しながら20数万年
”種”を継承してきた人類がこの先も”種”を継承していくために、何が必要と思われますか?
限られた地球環境で、多様な思考を有する人達や、他の生物・植物とも、共存し幸せに”種”を継承
していくためには、実学だけでは不可能と私は思います。
それに関連する懸念が新聞紙面に掲載されていました。
<文部科学省が国立大学に通知し、文学部など人文社会科学系や教員養成系の学部・大学院に、
組織の廃止や他分野への転換を迫った>               読売新聞 編集手帳より抜粋

通知素案では、少子化による18歳人口の現象などを背景として、教員育成や人文社会科学など
の学部・大学院について「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組む
ように勤めることとする」と明記された。                  ネット記事より抜粋
さてさて、国の財政再建の一環で補助金の削減策として文化系教育関係に白羽がたったと云う
事なのでしょうか? 小子化対策の一環という側面は理解できるものの、産業界からの要望や
アベノミクスの短期成果確保が透けて見えるように感じるのは私だけでしょうか?
経済貢献率が高い理系は優遇し、貢献率の低い文系は冷遇・・・
業績が悪くなってきた会社が間接部門を切り捨てる、”何時か通った道” で幾度も見た光景が
フラッシュバックされます。
非正規労働者の増大により貧困の連鎖・小子化があり、今また”派遣法改正”や”文系切捨て”
が行われようとしています。
雇われ経営者がスポンサー・株主の顔色を気にし目先の利益を優先し、将来に禍根を残すその
様な事態を幾度見たことでしょう。国は、いや国政を預かる為政者は、その様な企業人であっては
ならないと私は考えます。

経済活動や技術革新が大いに高まり栄えても、それイコール人びとの幸福とはかぎりません。
もし、地球規模で永劫経済や科学が栄え、その活動が倍々に高まっていったとしたら・・・
さて、そうしたらどうなる!!  どうなるのでしょうか・・・

2015年6月17日に”改正公職選挙法”が成立しました、それにより240万人の若き有権者が
増えたと聞きます。

さて、240万人の若き皆さんに届かぬ思いを伝えます。
高齢者民主主義といわれて久しい我が国の政治風土に新風を吹き込む機会を与えられた若き
有権者諸君が、
「21世紀後半をどう生きるべきか?」 「どう生きていきたいのか?」 「諸君の
子供に次世代をどの様に残すべきか」、その為に政治はどうあるべきか、真摯に考え行動される
ことを願っています。

私達の若き頃に受けた数々のサポートの一つでも、今の若者に還元できない無能な団塊世代
の一人として、ただただ願うばかりであります。



 ベランダ情報
 
 梅雨時期のベランダは、ミニ農園の様相です。
前号で紹介しましたバジルとパセリの種からの栽培は順調に推移し、バジルは第一回目の収穫
(脇芽を出す為の摘芽でしたが)までこぎ付け、パセリは株の体を成すまでに至りました、他に、
イタリアンパセリ・山椒・ローズマリーが時々の食卓に供されています。

野いちごは相変わらず小さき花を咲かせ、”カレンベリー”イチゴは次代の子を育てる為ランナーを
盛んに伸ばしています。クランベリー・チェッカーベリーも実を付け出し、待望のブルーベリーも実を
紫色に変容させています。
花はアジサイが終了し、ニチニチ草・ペチュニア・モナラベンダーの全盛期を迎えミニ農園に彩りを
添えてくれています。

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