二人三脚のローカルページ V-2


 2014年1月号

  あけましておめでとうございます 本年も宜しくお願いいたします。
                             
  今日という大地を耕し

明日蒔く種をみがく

過ぎし日の発芽に感謝し

明日の収穫を想う
 
 2014年の幕開けです。

 皆さん~! お元気ですか?
 いい夢をみていますか? うまい酒を飲んでいますか? 笑っておられますか?
 2014年が皆様にとってよき年となりますように。

 今年の賀状は、七福神から布袋さんと弁天さんの二神に出座いただき凧揚げをしていただきました。
 布袋(ほてい)さんは福運をもたらし、弁天(べんてん)さんは福徳と諸芸能上達の神様と云われており、私達貧乏
 暇なし人にとって、せめては二神のご利益を受け、ささやかな幸せと言う”福”を授かりたいとの願いを込めデザイ
 ン しました。
 とは言え、ささやかな幸せは ”今” をコッコツと生きるその行為のなかに在るもので天から降ってくるようなもの
 ではないということも自明のこと。
 
 さてさて、 ”三箇日” が終われば ”今日という大地” を、何時もと変わらずコッコッ耕しはじめまるとしょうかねぇ。

 頑張れ 自分!   頑張れ みんな!!


 車中夢

 
 
 12月某日、仕事帰りの車中での事。

乗車駅を出発して次の駅で斜め前の席に座る乗客が降車、その前に立っていた30代と思しきサラリーマン風の青年
が此方をチラリと観て座りかけていた動作を止めました。表情から推測するに (あっ!年寄りがいる・・座りたかった
のになぁ~・・・)との想いが彼の青年の脳裏をかすめたことでしょう、そして私の脳裏にも (あっ!私に席を譲ろうとし
てくれているな!!しかしこのまま座るのもなんだしなぁ~少し様子を待つてみよう・・)とのおもいが過ぎります、僅か
な葛藤の時間が過ぎ青年は無言のママ 立ち位置を去り、私は僅かに黙礼をし座らせていただこうかと行動に移しか
けたところ車両の端にいたであろう20代の女性が目にも留まらない速さで、動きだした私の後方を、追い越し着座しま
した。いやはやその敏捷なこと電光石火のごとくでありました。
彼の女性は何事も無かったかの如くスマートホンを取り出しなにやらチェックし、やがて分厚いカバンから書物を取り
出し読み始めました。
車窓遠く,スカイツリーのイルミネーションとオーバーラップしながら映る疲れた自身の反像を観るではなしに凝視して
いる自分に気づき思わず目を逸らすと、流れた視線の端に、随分難しそうな資格試験の参考書のようなものが垣間
見えました・・・

「2014年正月号の話題は”正月”に相応しい楽しい話題にすべく企画しましたが望むものを考え出せず、世相厳しきを
反映し堅苦しい話となってしまいそうで、正月そうそう鬱陶しいかも知れませんが暫しお付き合いください。」

閑話休題

「冬のボーナス支給が12月上旬から始まり、今年の歳末商戦が、順調な滑り出しを見せている。」・「来年
 4月の消費増税を控え、ボーナスで贅沢品を買う」・「経済の活性化や好循環」・「景気中小に波及」]


と、云った記事が先月以来マスコミ上を賑わしていましたね。
さて、この様な文言に心痛め苦々しく感じた人々がどれほどいるか、考えたことがありますか?
ベアとか賞与などに縁遠い社会があり、就労意欲や能力に関係なく低所得に甘んじなければならない実情のある
ことは周知のことですが知識や想像では計り知れないのが現実、ネクタイを締めて働いていた時には見えなかった
細かな実状を知るにつけ、世襲為政者やエリート官僚達に ”それ” を、伝えるすべも無くただただ溜息を吐くばか
りです。

平成25年度の大卒者の就職内定率64.3%(10月現在)高卒者内定率45.6%(9月現在)若年失業者率8.3%(7月現
在)そして非正規雇用率34.5%(4~6月集計)と調べた資料にありました、しかしながらその数字が意味することが
どの様なものであるのか私には分かりませんが、今日の我が国において 大企業・中企業・小企業・零細企業や
正社員・非正規社員・失業者・ニート・等々の格差があり、その格差がますます広がりつつあるということは実感
できます。
さて、この格差はいつごろから顕在化したのでしょうか。

1995年に日経連が 新時代の”日本的経営”という方針を打ちだしその弟5章 ”個性重視の能力開発” のなかに
次のグループ分による雇用システムの指針がしめされています。
1)長期蓄積能力活用型グループ
2)高度専門能力活用型グループ
3)雇用柔軟型グループ
1995年は、バブルが弾けて3年目にあたり、不況とグローバリゼーションに対応する為 日本的人材活用の利点
をいかしつつ、時代の変化に適合すべく考え出されたのが先のグループ分けによる雇用システムの指針であっ
たそうですが結果的には、構造改革・派遣業種の原則自由化を招き、「格差社会」の出現と「貧困社会」の顕在を
招くこととなりました。
それでは、この日経連の方針は「間違っていたのか!」との自問に、「どうかななぁ~」 との思いが、漠然と浮か
んできます。
今の日本、経済大国日本の面目を曲がりなりにも保てるのも日経連や企業の経営者の人知を尽くした諸策行動
と、それに答えた我が国の勤労者の勤勉なる姿勢の総和であったと評価できるのではないか、悪いのは ”時の
流れ” もう少し物事が緩やかに流れてくれたら違った結果になったのでは・・・ との、想いを私は持っています。

「どんな悪い実例とされているものでも、それがはじめられたそもそもの切欠は立派なものだった」
 
マキャベッリー著書の文言が頭を過っていきます・・・

何時だったかヤフー検索サイトの扉 ”映像トピックス” に 「スマホ出現で不要になった30アイテム」 と云う記事
がありました、”電話・手帳・計算機・時計・カメラ・コンパス・ゲーム・地図・辞書・音楽プレーヤー・・・”が列挙され
スマホ普及で危機の小見出しで ”オートフォーカスカメラ・モバイルゲームサイト・カーナビ業界” の現況と衰退
予想が記されていました、余りにも過酷な内容にその業界に従事されている人がこの記事を読みどの様に感じら
れるのかを想うと心痛くなるものがありました。
一昔前、一業態30年限界説なるものがありましたね、新しい技術やそれを主体とする業種の賞味期限は20~30年
しかないと言った意味で使われていましたが、さて、今はどうでしょうか?
10年、いや数年、多くのコストをかけ開発中の技術やプロジエクトがある日を境に陳腐化し日の目も観ず消え去る
その様なことが起こりうるのが今、現代・今日です。
コンピューターの進化、技術革新の猛スピード化、あまりにも早い革新、「日進月歩」という言葉がもはや死語に
なる程のなんという時間の流れの速きことか。
企業が刹那・刹那を生き残ろうとせんが為、適材・即戦力を求め、多様な人間力より標準化・特化した能力を有す
る、人材・機械・ロボット技術を採用する今日・・
半人前の若者を雇用し、何年もかけ一人前の社会人に育て上げ、その育った壮年が事業を拡充し次代の若者を
指導する、その若者がやがて新しき技術を開発し事業を発展させる、その様な企業モデルは最早通用しない時代
となったのでしょうか?企業が ”人を育て上げる”、”育った人材が企業を継続発展させる”その循環・形態は過去
の遺物となってしまったのでしょうか?

と、ここまで推察して冒頭女史の行動に合点がいきました。

「そうか、頼れるのは自分しかない、資格を取りスキルをUPさせ常に自身を磨き上げ、ただただ目的は唯一つ
狭き門をくぐる、人目などどうでもいい、今は唯ただ狭き門をくぐる、人目などはその後で・・・ということなのか」
と、思い至り帰宅車中で出会った彼の人が愛おしく感じられました。

でもね、それでいいのかなぁ~


司馬遼太郎
 「21世紀に生きる君たちへ」
と云う文章の一節に次のことがしたためられています。

     
 「・・・
      さて 君たち自身のことである
      君たちは いつの時代でもそうであったように自己を確立せねばならない。
      自己に厳しく 相手にはやさしく、という自己を そして、すなおで かしこい自己を。
      21世紀においては、特にそのことが重要である。
      21世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。
      科学や技術が こうずいのように人間をのみこんでしまってはならない。
      川の水を正しく流すように君たちのしつかりとした
      自己が科学と技術を支配し、
      よい方向に持っていってほしいのである

                                    ・・・」

私は、1949年3月に生まれ只今64歳です。
団塊の世代と括られる私達の年代は、時の流れとともに人格形成をしてきたように思います。
貧しかった日本の社会や生活を記憶のベースに持ち、躍動する日本を肌で感じ豊かな日本を実感してきまし
た、辻には子供が溢れそれなりの競争も体験し、それらが今の私の血肉となっていると考えています。
訳もわからず会社に入り、見様見真似で仕事を覚え時に手取り足取り指導を受け、半人前から一人前となり
ステップアップし、又見様見真似し手取り足取りされ、時にもがき、時に笑いしし、又一段登っていく。
その様な双六ゲームのような実践教育をつうじて人格形成の場を与えてくれたのが、その時代の社会・会社
であったように思います、その様なシステムが崩壊しつつある現代に今だ身を置く自我は、凡人として生まれ
凡人として人生を全う出来る恵まれた”世代”に生を受けたことに感謝するとともに、それを意識すればする
ほど 恵まれた過日の時代が生み出した”つけ”を次代に残す罪悪感に苛まれます。

今日の、我が日本国の様相に、「これではいかん」と、思いつつ何も出来ない自分の不甲斐なさと、「でもね、
それが文明をもった人類の宿命」」と、お茶を濁す軟派な自分が混在し、鼻腔の奥が熱く痛くなってきました。

さて、2014年

こんな不甲斐ない・軟派な私ではありますが、諸々の事などに之からも興味を持ち続け、私にとっても月記とも
云える ”話題の広場” を継続していきたいと思っています。



ベランダ情報 

 
 
”孫にイチゴを食べさせたい大作戦”で育成中の太郎株・三郎株に花芽が出来、12月1日に太郎株の一輪が
開花しました。上の写真がその様子です、なかなか美しい花でした。
その時点で、太郎株に3輪・三郎株に2輪、その後太郎株に2輪・三郎株に1輪、蕾が認められ何れも摘輪しま
した。、上の写真にある美しい花を一輪だけ受粉させ、冬季の路地栽培での”実”の生育過程を記録することに
魅力を感じましたが、今季の育成には三株の育成度合いの違いを調べるという目的があり、同条件が損なわ
れることを恐れ断念しました。春先であれば良き果実になったものを残念に思うとともに、来期同じ状況が再来
したら冬の路地で”実”が生るか、試してみたいと考えています。

その他の植物は冬支度を始めたものあり、今だ夏の様相を引きずっているものありといつた状態で、夏花の
”ニチニチ草”は、樹勢は衰えているものの花(若干花の大きさは小さくなってきました)を、絶やさず咲き続け
いまだ蕾が出来つつある有様です。
それにナスタチュームも意外に元気でつい先ほどまで花をさかせていました、この花は一昨年植えたものの
毀れ種から発芽したものです、生命力の強さに驚くとともに少しばかり痛々しさも感じています。
そうそう、路地越冬実験中のハイビスカスも頑張っています、小さきまことに小さき蕾を付け頑張っています。

と、云うことでこの時期例年であればデージーなどの春咲き花と交代を済ませて
いるころなどですが、こんな
ところにも異常気象の影響が出てきているようですが皆様の周りではどうですか?

下の写真左は、越冬・防風のため草木を寄固めている様子です、ブルーベリーが少し紅葉し初めているのが
見て取れます。右写真は11月号で紹介した多肉植物の寄植えです、ミセバヤが落葉し始め株基には来期の
芽が形成されてきました、又 カランコエに花芽が付き日に日にその充実ぶりも観察され、花キリンは花を絶や
さず咲かせ続けています。この鉢は室内に取り込み花キリンとカランコエの花を冬中楽しむ予定です。


   
 左上レンテンローズ・左下アジサイ・真中ブルーベリー  11月号の多肉植物の寄植え”ミセバヤ”落葉中の様子

   扉ページに戻る