二人三脚のローカルページ V-2
 
2014年2月号
 
 
 「鬼は~そと 福はぁ~うち・・・」

さて2月、皆さぁ~ん お元気ですか?ノロウイルスやインフルエンザに負けずに美味いものを食べよく寝て元気に
楽しく過ごしてください、まもなく春の女神がやってきます!残り少なくなった寒い季節を心置きなく楽しみましょう!
とは云え、寒い!!   方々御身大切に。

今月号の巻頭写真は、雑司が谷鬼子母神堂の1月末のスナップです。
池袋に程近い場所にありますが、隣接してジョン万次郎や竹下夢二・永井荷風など著名人の墓がある霊園や可愛
らしい都電が走る都営荒川線があり、境内には老婆が営む駄菓子屋が店を開いているといった懐かしい風景が今
も現存しており都心の喧騒一時忘れさせてくれます。
私も孫の成長祈願を兼ね仕事疲れを癒しに時どき訪れています。


 新名所 ”イオンモール幕張新都心” 考 。

 
 (3枚の写真をつないで合成しています、右端に遠望できるのが幕張新都心のビル群です。)
 
1月2日昼、おせちで膨れたお腹を凹ませようと赤ら顔をマスクで隠し家人と共に昨年12月20日にグランドオープン
した 「イオンモール幕張新都心」 に出かけました。
いやぁ~その何と大きなことか、全長1.5キロメートル・総面積12万8千平方メートルという巨大な空間(人工商店街)
のなかを蠢く人・ひと・ひと、いやはや驚きを通り越してこっけいでありました。

大きな もの(事)は ”いい” こと(物) だ!!

新年早々 ”いい” を 観・体験 したことで今年は良き事があるかも!

ヒョットして、サマージャンボの一等賞が当たるかも!!!
と云うバチあたりな妄想は胸の奥に仕舞い込み、何にも変わらない日常に身を置き ”こっこっ” 働き 家人の
笑顔を肴に酒を飲む、この無上の喜びを今年も継続させてくださるよう 神様 ・ 仏様  ・モール さま、どうぞ
宜しくお願いいたします。

と、いうことで年明けの思考第一弾は初詣ならぬ初参観した”イオンモール”を俎上にあげてみたいと思います、
さてさて巧く料理(話が膨らむ)できますかどうか・・・

当地幕張(新都心)は、1945年(私が生まれる4年前)に食料増産を目的とし緊急開拓事業の一つとして計画され
1973年に埋め立て事業が着工され、1980年に幕張地区の埋め立てが完了しました。
この1980年は私達の長女Kumさんが生まれた記念すべき年でもありました。
1987年3月、新事業所開設準備のため大阪から当地に転居、貝殻交じりの荒涼たる埋立地の一画にポッつと建
つ真新しい団地に居を構え日に日に槌音が高まり大きなビルが組みあがる様を見てきました、何も無い原っぱ
に大きな広き道路が通り、駅が出来、電車がはしり、やがてビルが一つ又一つと出現し、南風の後のベランダ窓
にこびり付く砂と塩の粒が日に日に少なくなっていくのを実感しながら新しい街が出来上がっていく様を、我が子
の成長とともに観続けてきました。

2000年にフランス資本の”カルフール”が出店、品揃えや量り売りなどの目新しさや、店員がローラースケートを
履いて店内を走り回る様は実に新鮮な感動を覚えたものです。同年12月にアメリカ資本の”コストコ”がオープン
倉庫仕様の店舗に販売量単位の大きさ、外人客の多さにこれまた感動をした記憶を覚えています。
その”カルフール”が2005年にイオンに売却され”イオンマルシェ”を経て2010年に”イオン幕張店”へと変容して
きました、今はローラースケートを履いた店員さんはおらず食品販売の一部に過日の面影を残すのみとなり寂
しい限りであります。現在の幕張新都心地域には、大きなスーパーや量販店の数は五指に余り、小さきものを
入れると10指に余ると云った居住民にとっては最良の購買環境となっています。
その様な供給過剰な地域に新たに巨大なショッピングモールが誕生した背景には何があるのでしょうか?

幕張新都心には、ニュータウンが成長を続けており、既存の”イオン幕張店”と駅前にはイオンの本社(2001年
東京より移転)ビルがあり、その近くにバブル崩壊により未利用のままの広大な更地(千葉県企業庁所管)が
あるといった立地が重なり、イオン企業にとって近未来の小売業態の実験場としてはまことに相応しい環境を
備えていたからと推測されます。然しながら、上の写真で分かるように右端の新都心ビルからイオンモールは
離れた場所に建てられ、しかも京葉線に平行し翼を広げたが如くにショップビルがレイアウトされており最寄
の”海浜幕張駅”からはバス(有料)か無料貸し出し自転車(下部写真参照)を利用することになります。尤も
大型ショッピング店の常として車での来場比率は高くイオンモールもその為多くの駐車スペースがとられては
いますが、それでも近隣からの集客を考えると徒歩・車に加え電車利用客等々の対応として、今の立地が最
善で建物群のレイアウトは最良であるのか?との思いも浮かんできます。

それでは何故??と、何時もの”酔いどれ親爺”は考えました。
京葉線の”新習志野駅”と”海浜幕張駅”間に新駅を設ける構想があった(ある)・・そうですが、この話を絡める
とまことに面白き妄想が想起されてきます。
イオンモール建物群と正対し、京葉線の線路を挟んだ北側には、京葉線の広い車庫スペースがあります。
新駅が出来、車庫スペースが再開発ともなれば、”イオンモール”の既得権は莫大な資産増と化すことは必定
イヤハヤ”イオン”の経営陣の”算盤術”には、「恐れ入谷の鬼子母神・・」
と いった下司の勘繰りはここまでとして、”イオンモール”=小売業についてもう少し考察を続けていきたいと
思います。

さて、マーケッティング用語に O2O という言葉があります、”Online2Offline(オンライン・ツー・オフライン)
(オフライン・ツー・オンライン)の略語でネツトで価格を調べてから店舗で買う、又はその逆の商取引のことを
指しているそうです。
例えば価格・Comなどで価格を調べ最安値の店舗に出向き購入、あるいは量販店の販売員にネット価格を
提示し値引き交渉をし購入する、又は量販店や専門店で購入希望の商品現物を予め見定めてからネットで
購入すると言った購買行為のことだそうですが、我が家も洗濯機を買い替えた折には、やはり量販店で下見し
ネットで購入という方法をとりました。
我が家のような一般的標準家庭がその様な購買行動をとると言うことはO2Oが日本国中にかなりの割合で
浸透しているということの証左であり、品質・性能が均一な家電商品などの購買行動は益々その様な売買が
主流となつていくのは間違いのないことでしょう、そうなれば既存のお店(リアル店舗)は商売あがったりに
なりますよね!と、云う事でO2O戦略なるものが考えだされました。
また、高齢化にともない日用品や食品のネット注文・配達などの購買行動も増加傾向にあり、店舗に出かけ
ついで買いや衝動買いなどの お店にとってはオイシイ売り上げが期待できなくなるといった懸念も出てき、
リアル店舗としては如何にして集客するか、如何にして集客したお客さんを”躁”状態にし購買意欲を駆り立
てるか、リピート率をどの様に向上させるか、等々の仕掛けが求められるようになりました。

イオンモールもその様な戦略の基に設計された実験施設の一つと位置づけられています。
”イオンモール”のコンセプトに「夢中が生まれる場所」とあります。
買い物にとどまらず、体験も重視し、一日中いても飽きずに楽しめる仕掛けを充実させたとあり、グランドモ
ール・ファミリーモール・アクティブモール・ペットモール 四つのモールから構成された巨大な空間と、多様
な店舗の連なり、仕事体験やアトラクション・劇場等々で集客し、来客を顧客として取り込む仕掛けが随所
に配置され、あわよくばお客様を状態にし購買意欲を引き出させようとの意図が感じられ想像逞しくすれ
ば、商業施設の”ディズニー”化を目指しているように思われました。

さて、集客・リピート率・商業施設のディズニー化というワードからうかんでくる街に原宿があります。
私は、火・木・土の週3回”明治通り”を早稲田方面から新宿・渋谷・広尾を走行しています。その際に感じる
ことがあります、新宿伊勢丹を過ぎ東郷神社あたりから渋谷宮下公園にかけあきらかに他所と景観が違う
ということです。
まず一つ目は人の数、土曜日や祭日の”竹下口”や”神宮前”交差点の歩道を行き交う人波は、まるで雲霞
の如く湧き出たような印象をうけることがあります。
二つ目は道行く人の歩き方です、歩き方に張りがありけり足に力が漲っているように見受けられます、他所
でよく見かける
膝を突き出しぺたぺた歩きをする人を見かけないと言えば大げさすぎるかもしれませんが
その様に感じさせる何かがこの街角にはあります、それは何を意味しているのでしょうか?私は原宿・表参
道を行き交う人はその街の雰囲気に同化している(同化しょうとしている)からではないかと考えています。
原宿という長い歴史・雑多な街並み・淘汰によるショップの変遷や、そこに群がる常連やビジター達の接触
による刺激などの相乗作用で行き交う人が劇中の登場人物化しているのではないかと推測しています。
ブランドマジックと云うか商業施設(地)の まさに”ディズニー”化の典型例と私は考えています。

何時かラジオで原宿・表参道を通りがかった少女達へのインタビューが流れていました。

「どこから来たの?」「OO県から」
「頻度は?」
「バイトでお金がたまったら何時でも」
「この街の魅力は?」
「ワクワク感・路地裏の小さなお店・大勢の人波」

とありました、その原宿・表参道に異変が起きようとしています。
高齢化により街のブランドイメージを構成している店舗が後継者不足と相続問題で閉店の動きが加速して
おり、特に路地裏や裏通りにある民家を店舗にしている魅力的な店に顕在化し、このままでは地上げ等に
より大型ショッピングモールなどに変容していくかもしれないとの事を踏まえて次の質問がされていました。

「ここが大型ショッピングモールになれば来ますか?」「そんなの嫌だ、こない・・・」

さて、さて・・
商売とは難しいものですよね!!

ヘロドトスの話として「沈黙の交易 (前8~前7世紀)」というのがあります。
「ヘラクレスの柱」つまりジブラルタル海峡の向こうにとあるリビア人の地がある。カルタゴ人はこの地に
着いて船荷を降ろすと、それらを波打ち際に並べ船に戻り、合図の狼煙を上げる。
煙を見ると住民が海岸に来て、品物の代金として黄金を置き、その場所から離れ下がる。
すると今度はカルタゴ人が船から下りて黄金の量を見、その額が商品の価格に釣り合うと思ったら黄金を
取って去る。釣り合わない時はもう一度船に
戻って待っていると住民が黄金を追加する。そしてカルタゴ人
が納得するまでこれを繰り返すとというのである。
その間、双方とも不正なことはけっしてしてしない・・・                   興亡の世界史-03より


日常雑貨を船に積み未開の土地に行き巨万の富に変える、売り手市場の取引は紀元前に遡らなくても近世
でもおこなわれていましたよね、
グローバル化が叫ばれて久しくネット社会になった今日からすると夢物語で
あります。
「欲しいものがほしい、ただ何が欲しいのか分からない」その様な飽食の時代・購買者に果敢に挑戦する
イオンモール幕張新都心は、まさしく ”ラ・マンチャの男”の象徴の様な気がします。

さて、キホーテの従者サンチヨは夢をみました。

「OOOO年O月のある日、人工商店街の長い長い通路を聞きなれた異国語を声高くしゃべる集団の群れが
途切れなく続き歩いていきます、両手には大きなショッピング袋を持ち小鼻をふくらませ車寄せに向かって
いきました。駐車場には大型観光バスがズラリと列をなしならんでいます、この車列は成田空港から、此方
の列は羽田から、あちらはディズニーから幕張ホテルに帰る途中のバスが・・・
そこには近隣諸国から訪れた観光客の観光コースと化した”イオンモール幕張新都心”の姿がありました」


そうか・・その戦略もあったのか!!

流石、イオン!!したたかなり!!!



   
 100円入れると錠が開き戻すと返金される無料自転車  駅前からモールまで乗車料金は片道100円



ベランダ情報
 
1月26日(日)水遣りの途中に小さな虫がせわしなく飛行するのに気がつきました。
「この寒いなかお前もたいへんだなぁ~」と暫く眺めていると三郎イチゴの葉裏に入っていきました、つられて覗き
こむと白き花が一輪小さき蕾を2ヶ従え咲いていました。
真冬の露地栽培のイチゴはまともな果実にならない、また太郎・次郎・三郎株の栽培比較検証中でもあり当然摘み
取りすべき処なのですがそれを躊躇させるものがありました、それは昨年の12月1日に太郎イチゴに3輪・三郎イチ
ゴに2輪と花と蕾が出来 何れも摘み取りした折に感じた「低温期は、路地では実として成長しないということは間違
いない事なのか?」という疑問と、「栽培比較であれば途中で人の手を加えるのは如何なものか」との わだかまり
があったからです。
羽をせわしなく震わせ必死にホバリングする小さき虫に力付けられその”わだかまりを開放しようと思い立ちました。
と、云うことで成るかならぬか分かりませんが 今後生成してくる”花”は全て受粉させて成り行きを見守っていこうと
決めました。
このイチゴの栽培記録は”植物探訪”ページに連載中です、興味を持たれましたら観てください。

右下写真の花をご存知ですか?
”雲間草”と云い私の好きな花の一つです、寄せ植えの主花の下草などにピッタリで出しゃばらず埋没せずと実に
見事な名脇役を演じてくれます。この写真は、マーガレットの下草としてピンクのジュリアンとブルーのビオラと共に
寄せ植えしているものですが間もなく咲き始めるマーガレットと ともに梅雨期までの数ヶ月ベランダを華やかせて
くれることでしょう。
そうそう、”雲間草”には白一色の固体もあります、私はどちらかといえば白の方が好きです。


 

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